中小企業の従業員は経営理念をどれだけ理解し行動をしているのか?(2022年版中小企業白書の統計データを抜粋してみた⑲)

統計・調査記事
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毎年、経済産業省中小企業庁から発行される中小企業白書。2022年版の白書は表紙から参考文献などを含めると590ページに及ぶ。そこで、統計データを、製造業を中心に中小企業に関係する者が参考にしやすいように抜粋して、回数を分けて紹介する。第19回目は中小企業における経営理念・ビジョンの浸透(その3)についてまとめた。

【ユニークアイズサマリー】今回は経営理念・ビジョン(以下、経営理念など)が従業員に浸透しているかをみた調査である。経営理念などを従業員が理解している企業は8割以上だった。一方で、従業員の自律的な行動にまで結びついている企業は5割を下回った。労働生産性の観点でみると、全社的に経営理念などが浸透している企業は、労働生産性の上昇幅が大きい結果となっている。経営者側からの視点では経営理念の浸透に向けて重要と考えていることは、「経営者からの積極的なメッセージの発信」の割合が高かった。経営理念などの浸透に向けて取り組んだ行動・取り組みでは、全社的に浸透している企業は「従業員との日々のコミュニケーションでの啓蒙」に5割以上が取り組んでいることが分かる。従業員に与えた効果として、自律的な働き方の実現やモチベーション向上を実感する割合は全社的に浸透している状況に近づくほど、高い傾向となっている。

「経営理念などを従業員が理解しているのは8割以上の一方、5割以上が自律的な行動まで結びついていない」。この結果が現状を浮き彫りにしている。中小企業は大企業に比べ、組織内での情報共有が容易だ。些細な日々のコミュニケーションから従業員へかみ砕いて、認知から行動へ落とし込んでいくような経営陣の働きがけが重要といえるだろう。

※以下、本文中の文章は「中小企業白書 2022」から一部抜粋したもの。
※本記事の図はすべて「中小企業白書 2022」から抜粋しているが、元データの参照元は図表内に記載されている。

経営理念・ビジョンに対する従業員の受け止め方や反応

今回の調査では、経営理念・ビジョンに対する従業員の受け止め方について、(1)認知、(2)理解、(3)共感・共鳴、(4)行動への結びつきという4段階に分けて確認した(第2-2-71図)。これを見ると、経営理念・ビジョンについて従業員が理解している企業は8割以上と確認される。前目では明文化した経営理念・ビジョンを脈々と継承できている企業や社内外の変化を機に経営理念・ビジョンを策定した企業の存在を指摘したが、これらの企業は優れた経営理念・ビジョンの第1条件である「明確さ27」をある程度満たしていると考えられる。他方で、従業員の自律的な行動にまで結びついている企業は5割を下回っており、第2条件である「共有」すなわち組織における浸透を課題とする企業は少なくないと推察される。

(出典:中小企業白書 2022)

経営理念・ビジョンに対する従業員の受け止め方や反応別に見た、経営理念・ビジョンの浸透状況

次に第2-2-72図は、経営理念・ビジョンに対する従業員の受け止め方や反応別に見た、経営理念・ビジョンの浸透状況を示したものである。これを見ると、従業員が経営理念・ビジョンに共感・共鳴して行動に結びついている企業は、経営理念・ビジョンが全社的に浸透している割合が7割以上となっている。他方で、行動に結びついていない企業は、全社的に浸透している割合が3割を下回るように、行動へ結びつくステップから遠いほど、全社的に浸透している割合は低くなっている。階層を問わず全社的に浸透させていくには、経営理念・ビジョンを組織内の認知から行動へと着実にステップアップさせていくことが重要と考えられる。

(出典:中小企業白書 2022)

経営理念・ビジョンの浸透状況(労働生産性の変化)

第2-2-73図は、経営理念・ビジョンの浸透状況別に見た、2015年から2021年にかけての労働生産性の上昇幅を見たものである。一概に今回の調査結果のみで説明はできないものの、全社的に浸透している企業は、労働生産性の上昇幅が大きい結果となっている。経営理念・ビジョンの浸透による効果(第2-2-76図にて後述)を通じて、企業業績にもプラスの効果が生まれている可能性が考えられる。明確な自社の存在意義やゴールを組織で一体化させている企業が感染症下という未曽有の経営環境を乗り越えている様子がうかがえる。

(出典:中小企業白書 2022)

経営理念・ビジョンの浸透状況別に見た、経営者が経営理念・ビジョンの浸透に向けて重要と考えていること

第2-2-74図は、経営理念・ビジョンの浸透状況別に見た、経営者が経営理念・ビジョンの浸透に向けて重要と考えていることを確認したものである。これを見ると、全社的に浸透している企業は、「経営者からの積極的なメッセージの発信」を重視する割合が高いことが分かる。経営理念・ビジョンを社内に浸透させていくには、自社の存在意義や目指すべき姿を自らの言葉でしっかりと伝えていくことが経営者の重要な役割の一つと考えられる。また、経営理念・ビジョンの内容自体が従業員の納得感を得ていることも浸透していない企業との差が大きいことが見て取れる。浸透していない企業は、従業員からの共感・共鳴を得られる内容に再構築していくことも有力な選択肢になりうるのではないだろうか。

(出典:中小企業白書 2022)

経営理念・ビジョンの浸透状況別に見た、浸透に向けて取り組んだ行動・取組

第2-2-75図は、経営理念・ビジョンの浸透状況別に見た、浸透に向けて取り組んだ行動・取組を示したものである。これを見ると、全社的に浸透している企業は「従業員との日々のコミュニケーションでの啓もう」に5割以上が取り組んでいることが分かる。また、全社的に浸透している状況に近づくほど、取り組んでいる傾向も確認される。個別のコミュニケーションによる社員の理解度の底上げは、浸透尺度を高める一因となると考えられるほか、社員の意見を通じて納得感のある経営理念・ビジョンを再整備・発展させていくヒントにもつながっていると示唆される。「社内研修などを通じた教育」も全社的に浸透している状況に近づくほど、取り組んでいる傾向にある。第2-2-66図で後継者教育の一環として経営理念・ビジョンに関する直接的な指導・教育を実施する意義を指摘したが、従業員に対しても社内での教育を図ることによる効果が示唆される。全社的に浸透している企業は、いずれの行動・取組についても総じて取り組んでいる傾向にある。経営理念・ビジョンの浸透に悩む企業は自社の状況に照らして効果的な取組を幅広く取り組んでいくことも重要と考えられる。

(出典:中小企業白書 2022)

経営理念・ビジョンの浸透状況別に見た、浸透による効果

最後に第2-2-76図は、経営理念・ビジョンの浸透状況別に見た、浸透による効果28 について示したものである。これを見ると、全社的に浸透している企業が総じて効果を実感している傾向にあることが分かる。従業員に与えた効果として、自律的な働き方の実現やモチベーション向上を実感する割合は全社的に浸透している状況に近づくほど、高い傾向となっている。また、自社に対するエンゲージメントの高まりも見て取れる。経営理念・ビジョンが浸透したことで、従業員の行動変容につながり職場の活性化に寄与している様子がうかがえる。企業自体の事業活動に関する効果として、経営判断のよりどころとなっている割合も全社的に浸透している状況に近づくほど、高い傾向となっている。自社の存在意義や目指すべきゴールに対する従業員からの賛同を得ていることで、経営理念・ビジョンに軸足を置いた経営判断を下しやすくなった可能性も考えられる。顧客・取引先との関係強化についても同様の傾向が見られる。ステークホルダーを念頭に置いた経営理念・ビジョンを掲げる企業が多い中で、組織全体がステークホルダーとの関係を意識した企業活動を行っている結果、対外的な関係強化につながったと考えられる。

(出典:中小企業白書 2022)
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